カテゴリー:音楽
アルビレックス新潟の応援歌「Can’t Help Falling In Love」

アルビレックス新潟のゲーム開催時、選手入場時にサポーターが歌う応援歌のひとつに、
「Can’t Help Falling In Love」
という歌があります。[1]

 

これは、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley) の
『Can’t Help Falling In Love(好きにならずにいられない)』
が 元歌 とのことでした。[2][3]

 

Take my hand, take my whole life too

(僕の手を取って、僕の人生も 受け取って)

For I can't help falling in love with you

(僕は君を 好きにならずにいられないから)

 

この曲は1961年、「ブルーハワイ」というプレスリーの主演映画のために作られた楽曲で、全米2位を獲得した、プレスリーの代表的なバラード曲の1つです。愛する女性への純粋な気持ちを歌っています。

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

しかし、自分はもっと昔、似たようなメロディーを聞いたことがありました。

「愛の喜び」のタイトルでジョーン・バエズ(Joan Baez)が歌っていました。[4][5]

 

PLAISIR D'AMOUR

 

Plaisir d'amour ne dure qu'un moment

Chagrin d'amour dure toute la vie

 

The joy's of love are but a moment long

The pain of love endures the whole life long

 

(訳)

愛の喜びはほんのひととき

愛の苦しみは生涯続く

 

昔(1965年)の動画[5]を見つけたので、ご参考まで。

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

この曲は、フランス民謡とのことでしたが、ハイドンやモーツァルトとほぼ同時期の作曲家マルティーニの「愛の喜び」が原曲だそうです。Plaisir d'amour は1784年につくられたと[6]に記述がありました。

曲:  Jean Paul Egide Martini (1741 - 1816)
詞:  Jean-Pierre Claris de Florian (1755 - 1794)

 

20世紀における「愛の喜び」Plaisir d'amour の絶大な人気は、そのメロディーの限界を超えてさまざまな曲に変換されました。そのいくつかは非常に有名になり、ジョーン・バエズやエルヴィス・プレスリーのように他の多くの人によって歌われました。

 

この歌がこのような伝統をもっていまに引き継がれていることに驚きを感じており、敬意を表します。

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

References

 

[1] アルビレックス新潟選手入場時に歌われる「 Can't Help Falling In Love」

https://www.youtube.com/watch?v=VjjKdU82utk

https://www.youtube.com/watch?v=vZsQAupl3bU

 

[2] Elvis Presley : Can't Help Falling In Love (Official Audio)

https://www.youtube.com/watch?v=vGJTaP6anOU

 

[3] Elvis Presley : Can't Help Falling In Love (1961)

https://www.youtube.com/watch?v=dkRZIHGeq7o

 

[4] Joan Baez : Plaisir D'Amour

https://www.youtube.com/watch?v=FyhLNIy8nyM

 

[5] Joan Baez : 1965 (part1) 34:05 Plaisir D'Amour

https://www.youtube.com/watch?v=pwnVXSw9Dsc

 

[6] Plaisir d'amour, Joan Baez y Elvis Presley

https://www.youtube.com/watch?v=0cZDHHgi8IY

 

 

(2024-6-16)

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

  • 音楽
本田美奈子.ミュージアム、「かの残響、清冽なり」

この五月連休のうちのある一日を使って、本田美奈子.ミュージアム[1] に行ってきました。

 

本田美奈子.といえば、昭和の代表的な歌姫のひとりですが、道半ばで急性骨髄性白血病を患い、残念ながら38歳という若さで他界されました。彼女のデビュー当時に間近に本人を見たこと、アメイジンググレイスのうたごえがきっかけとなって、本田美奈子.のことゑもっと知りたいとおもうようになったことは、以前に記事にしました。[2]  [3]  [4]

 

半年ほど前に、Twitterのお知らせメールで、本田美奈子.ミュージアムが開館したことを知り、いつか行ってみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなく、この五月連休になってしまいました。

 

JR武蔵野線の北朝霞駅から南西の方向へ徒歩約25分、小川沿いにある倉庫街の一角にそのミュージアムはありました。

 

stage

 

本田美奈子.の歌手としてのデビューは1985年。東芝EMIからレコードを出していました。
当時、私が勤務していたT社では、会社の福利厚生の一環である夏祭りのイベントとして、
芸能人を呼ぶ、ということもやっていました。その年は、本田美奈子でした。東芝EMIが同じT社のグループ会社のひとつであったというのも選択された理由なのでしょう。

 

彼女のうたごえについていえば、当時は、比較的激しいテンポの曲に合わせて、小柄な女の子が歌っているな、くらいの認識しかありませんでした。私が間近に美奈子本人を見たのは、これが最初でした。(そして最後でした。)

 

minako_1_1985 minako_2_1992

 

本田美奈子.ミュージアムには、彼女の歴史が綴られています。その後、1986年のマリリンを世に送り出し、ガールズバンドでロックも経験し、ミュージカルへの挑戦も、ポップスとクラシックを混ぜた新しいクラシカル・クロスオーバーというジャンルへの挑戦も、というキャリアを積んでいくのでした。

 

history_1 history_2

 

history_3 history_4

 

再び、本田美奈子.を知ることとなったのは、2005年、アメイジンググレイスのうたごえを聞いた時でした。

 

実際、それまでは、本田美奈子.がどのような活動をしているか知らなかったのです。このアメイジンググレイスのうたごえを聴いて、彼女のことをもっと知りたくなったのです。

 

本田美奈子.ミュージアムには、それぞれの時代の活動を知らせる写真と、当時使用していた衣装や小道具、台本、数々の賞をいただいたときの楯やトロフィーなどが電磁されています。ミス・サイゴンに出演したときの帝国劇場の楽屋を再現したブースもありました。

 

exhibition_1 exhibition_2

 

本田美奈子.の20年間の歌手としての人生で、彼女は日本の歌謡曲から演歌、ロック(ガールズバンド)、海外のポップスにいたるまで、ポピュラー音楽のジャンルをすべて歌い、ミュージカル女優として、また、クラシカル・クロスオーバーという新しい世界へと挑んでいました。シンガー・アーティストの中でも稀有な存在でした。

 

坪井賢一さんがダイヤモンド・オンラインから出版された「かの残響、清冽なり。本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」という電子書籍[5] には、「日本の100年にわたるポピュラー音楽の水流は、彼女の20年に流れ込んだように思える。」と書かれています。

 

 

ポップス歌手としてデビューした1985年から、最後のコンサートとなった2005年の、この20年間に、本田美奈子.のすべてが集約されています。

 

本田美奈子.のすごいところは、その音域の広さです。それもポップスからソプラノ音域のクラシックまで、「すべてのジャンルの歌をそれぞれの発声法で」しかも同一のコンサートの中で歌うといったことまで成し遂げています。YouTubeにも、彼女の音域の広さが分かる動画が投稿されていたことを思い出します。

 

坪井賢一さんも、「現在でも広い音域を自由に行き来する歌手は多数いる。・・・しかし、ソプラノ音域のクラシックまで、それも声楽の発声(頭声)で歌ったポップス歌手は彼女以外にはいない。・・・本田はそれぞれのジャンルをそれぞれの発声法で歌っており、これは例がない。」と絶賛されています。

 

本田美奈子.ミュージアムでのフィルムコンサートでも、彼女の音域の広さは伺い知ることができます。

 

本田美奈子.に会いに、本田美奈子.ミュージアムへ行きましょう。

 

 

(2019-5-18)

 

 

[1] 本田美奈子.ミュージアム

https://minako-museum.jimdofree.com/

→  2024年2月にサイト閉鎖されました。

→  2024年5月にリニューアルオープンの予定とのこと。それまでは

https://twitter.com/MinakoMuseum/

[2] あるアーティストの生涯

[3] 本田美奈子.と「ひめゆり」

[4] 本田美奈子.の最後のクリスマスコンサート

[5] 坪井賢一「かの残響、清冽なり。本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」(ダイヤモンド社)  第1巻「再生」  第2巻「声楽」  第3巻「舞台」

 

.

 

 

(追記)

 

7月31日は、本田美奈子.さんの誕生日です。

本田美奈子.ミュージアムを紹介しているビデオメッセージを見つけたので、ご紹介します。

 

 

(2020-8-1 追記)

 

 

 

  • 音楽
本田美奈子.の最後のクリスマスコンサート

2004年12月のクリスマスコンサート、そのときの本田美奈子.の歌声をはじめて聴いた。

彼女が病床に臥す直前の、最後のコンサートだそうだ。成熟したまろやかなその歌声は、当時の観客を魅了したことだろう。知っていれば、私も聴いてみたかった。YouTubeなどで断片的に聞くことができるものもあるだろうが、この流れの中で、聴くことができるのはすばらしいことだ。

 

・・・・・

 

本田美奈子に最初に出会ったのは、私が当時勤務していたT社の夏のイベントであった。

 

1985年のデビュー直後のことだった。T社の関連会社であるT音楽工業からデビューしたばかりの小柄な女性であった。飲食をしながら、ステージから流れてくる音楽と彼女の歌声を聞いていたが、ただ、残念ながら、当時の曲はテンポが速くて、あまり強く印象に残ってはいなかった。その後も、実際はあまりフォローできていなかった。

 

それから約20年後のことである。あるとき、訃報が飛び込んできた。「Amazing Grace」とともに。この歌がとても美しく、心に残るようになった。また、歌っている人が本田美奈子であり、亡くなったと知った。驚いた。20年前の彼女からは、とても想像できない、美しい歌声だった。そして、この空白の20年間の彼女の業績を調べはじめた。

 

「天に響く歌―歌姫・本田美奈子.の人生」という書籍の中に、彼女の歩みが記してあった。歌声を収めたCDもいくつか店頭に並んでいた。そこには、それまで知らなかったさまざまな事柄が残されていた。

 

→ 天に響く歌―歌姫・本田美奈子.の人生 [PR]

 

いろんな曲がYouTubeに残っていた。彼女が、アイドルのソロシンガー、ガールズバンド、ミュージカル、クラシックというそれぞれに集中した時期があり、特徴的な曲を残している。なかでも、ミュージカルの舞台からクラシックへの挑戦をはじめた時期、何回か、コンサートを行っており、その映像が残っていた。ピアノ伴奏に合わせて歌う彼女の姿はとても印象的であった。もっと早く本田美奈子のことに気づけはよかったとさえ思った。

 

コンサートで、曲と曲の合間に聞こえる彼女のトークはまたすばらしかった。観客を気遣い、観客に合わせて、その場をリードしていく、それでいて、しとやかで和やかな雰囲気を創り出せるすばらしい女性アーティストだった。「ひめゆり」などに少しばかり、その痕跡を見いだせる。

 

本田美奈子.のコンサートの映像を探した。YouTubeには、断片的にいくつかのコンサート映像がアップされていた。だが、そのDVDは無かった。

 

DVDはデビューして2年後くらいのものは市販されていたが、ミュージカルからクラシックへの挑戦の時期のものは映像そのものがあまり残っていないようだ。DVD化もされていなかった。とても残念な想いであり、もしも映像が残っているのであればDVD化をと、強く願っていたところであった。

 

そんな折、今回、没後10年の節目に、冒頭のコンサートを含めたいくつかのコンサートでの映像がDVD化されたのだ。

 

→ 本田美奈子.30周年メモリアルディスク 命をあげよう Unreleased LIVE performance edition [DVD] [PR]

 

そして、最後のクリスマスコンサートの様子を初めて見ることができた。

 

このDVD3枚のうち、2枚めの後半にあるこのクリスマスコンサートは、特に、印象的だった。これを見聴きし、長い空白期間の未解明の一部がようやく埋まったという感じさえある。初めての映像であった。ぜひ、一度聴いていただきたい本田美奈子.の最後のクリスマスコンサートである。

 

(2016-1-14)

 

[PR]

本田美奈子.30周年メモリアルディスク 命をあげよう Unreleased LIVE performance edition [DVD]

天に響く歌―歌姫・本田美奈子.の人生

  • 音楽
音楽とのかかわり - 吹奏楽、ピアノ、CD、ストリートなど

中学校や高校で学ぶ芸術の科目には、音楽・美術・書道などがあるが、人により好みはあるだろう。どちらかというと私は、音楽を楽しむという割合が高いような気がする。

 

音楽とひとことでいっても、いろんなジャンルがある。昨年を振り返ってみると、音楽関係のかかわりといえば、演奏会、CD、ストリートミュージックなど。

 

演奏会では、9月ごろの市の音楽団体の演奏会、11月の河村尚子さんのピアノリサイタル、11月末の習志野高校吹奏楽部演奏会、に出かけた。

 

演奏会での生の演奏は、CDやPCの動画で見聞きするのとは、また、ちょっと違ったものである。なによりも迫力が違う。

 

ピアノの音色が好きで、楽曲にピアノが使われていると、聞き入ってしまう。

 

吹奏楽は、高校時代に少しばかりやっていたことがあるが、いろんな楽器の音色を楽しむことができ、良いものである。最近聴く演奏は、以前とは、また、違った音の響きを感じる。それだけ、いろんな音を楽しむことができるようになったのだと思う。

 

また、Book-Offなどで、少し昔のCDなどを見てまわる。ときには、驚くような掘り出し物に出会うときがあった。三宅由佳利さんの「祈り」、太田裕美さんの「短編集」など。

また、ストリートミュージシャンとの出会いもある。最近では、CINEMASという名で活動しているおかっぱミユキさんなどなど。

 

というわけで、いろんなジャンルがあるとはいえ、好きな音楽を楽しんでいる。

 

音楽好きになるには、良い音楽をたくさん聴くことが一番であるといわれる。数十年前とは違って、現代はそういう環境がより整っているので、もっと音楽を楽しんでいきたい。

 

[PR]

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&チェロ・ソナタ

ショパン:バラード

祈り~未来への歌声

希望~Songs for Tomorrow(初回限定盤)(DVD付)

短編集


(2015-05-20)

 

  • 音楽
富山の「薬売り」と紙風船

昔、幼少の頃に体験した、富山の「薬売り」の記憶がある。

 

いまでは、どうかわからないが、当時はどこの家庭にも置き薬(家庭常備薬)の木箱がおいてあった。そして、ちょっとした風邪や頭痛、腹痛のときにその箱から必要なお薬を取り出して、お世話になる。体が弱かった筆者には、そういったことが、よくあったものだ。

 

年に一回か二回、薬の補充と使用した分の薬の料金回収に、富山からわざわざ、薬売りの人が訪問してくる。家では、茶の間にお通しし、お茶をすすめる。いろんな雑談をし、消費した薬の補充と使った分の会計を済ませて、また、別の家へと訪問される。そのときに、紙でできた風船、紙風船を何枚か下さるのだ。

 

祖母は、こうした訪問を楽しみにしていた。

 

製薬メーカーの広告がはいっていたかどうか定かではないが、カラフルな紙風船は筆者にも、頭の片隅に記憶として残っていた。

 

そんなことを思い出させてくれた歌があった。

 

おかっぱミユキというストリートミュージシャンである。

 

東京都の薬剤師会の依頼で作詞作曲したという。

 

昔の薬売りが、現代では、薬局、薬局の薬剤師さんになっている。それだけ、我々もちょっとしたことでなんらかのお薬の世話になっているのだなとおもう。

 

そんな中でも、薬剤師さんのお仕事はあまり知られていない。少しでもこんなことがあるんだよ、と、知ってもらう。この歌は、軽快なPOP調ではあるが、紙風船という素材を通じて、心に響くものを持っている。

 

歌っているおかっぱミユキさんは、以前、myk(みゆき)という名で、エレジーという音楽バンドのボーカルとして活躍していた。

 

→ (以前の記事) まちかどで聴いた「myk」のうた

 

先日、10月に、エレジー結成10周年の記念コンサートを行なったという。

 

いまは、CINEMASというグループで、主に神奈川県の座間の付近で活躍されているという。

 

ちょっとハスキーな、しかし、こぶしを持った特徴的なうたい方が、聴いていて心地よく響き、とても良い.....。と感じているのは筆者だけだろうか。

 

紙風船のうた、一度聴いてみて下さい。

 

 

(2014-11-4)