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0. はじめに
1980年代の後半から1990年代の初頭にかけて、誘電体材料の開発業務に携わったことがありました。
温度変化の少ない材料の開発を目的としていましたので、特に、材料の温度特性は主要な評価項目のひとつでした。
評価の方法としては、一般的に良く知られているように、材料を平行平板に加工し、その平板サンプルの両面に電極を形成して、キャパシタンスメータ等で静電容量(キャパシタンス)などを測定するというものです。
評価対象の誘電体材料をその周囲温度が制御できるように恒温槽の中にいれて、温度を変化させながらキャパシタンスの値を測定していきます。
静電容量(キャパシタンス)が測定できれば、そのサンプルの電極面積と平板の厚みから材料の比誘電率が計算できます。
しかしながら、この作業はとてもたいへんでした。なぜならば、材料の温度変化が一様ではないため、測定する温度を非常に細かくとらなければならないからです。
また、一度に測定するサンプルの数も、いくらロータリースイッチで切り換えながら測定するといっても、回路補正の問題もあり、多くはできません。例えば、温度を5度刻みで動かし、同時に4-5個程度測定するというのが限度でした。
そこで、これらの測定をコンピュータ制御で自動計測したいということになり、システムを構築することになりました。
当時は、コンピュータといっても、使えるものは16ビットのパソコンで、計測器のインターフェースがGP-IBと呼ばれるものでした。
システム自体は、コンピュータ、キャパシタンス(LCR)メータ(インピーダンスアナライザ)、恒温槽、熱電対、それとサンプルを恒温槽内で保持する治具類であって、GP-IBインターフェースがそれぞれに付属している、ごく一般的なものです。
問題は、これらを動かすソフトウェアです。適当なものがなかったため、自作することとなりました。
8ビットのパソコンの時代には、BASIC(beginner's all-purpose symbolic instruction code)と呼ばれる対話型の言語が主流でした。パソコンの電源を入れるとROM(メモリ)に入れてあるBASICが直ぐに立ち上がったものでした。16ビットの時代は、MS-DOSというオペレーテイングシステムの上でBASICを動作させることが一般的でした。
というわけで、これらのソフトフェアはBASICで記述してあります。
こんなものをいまさら公開しても実際にはそのままでは使えないのですが、記録として残しておきたいとおもい、この記事を作成しています。これを改良して、あるいは、現代風に他の言語に変換して使ってくださる方がおられるならば望外の喜びです。
1. コンデンサ・誘電体材料の容量温度特性自動測定・データ処理プログラム
主要なハードウェアの構成は、次のとおりです。なお、これらは1980年代の後半から1990年代初頭の当時のものですので、現在(2020年)時点の状況は確認していません。
(1) 計測用コントローラ(パソコン) J3100SL002 + INTEX2070-GPIBボード
または PASOPIA1600(TS-300E) + GPIBインターフェースボード
(2) データ処理用コントローラ J3100SL002 / J3100GT021 / PASOPIA1600(TS-300E)
または MSX2+
(3) 恒温槽 MC81(GPIBインターフェース付き)
(4) LCRメータ(キャパシタンスメータ) YHP4192A / YHP4274A / YHP4275A のいずれか一つ
(5) マルチメータ TR-6843 / TR-2114H (MC81を使わない場合)
(6) プリンタ (デュアルモードプリンタ)
(7) プロッタ MP3300(MPコマンド使用)
(8) スキャナー HP3495A
以上のような構成ですが、すべてを同時に使うのではなく、必要に応じて組み合わせて使いました。
オペレーテイングシステムOSと基本ソフトウェアは、次のようなものでした。
(1) J3100SL002 / J3100GT021 の場合は、MS-DOS VERSION 3.1 上で BASIC を動作させる
(2) PASOPIA1600(TS-300E) の場合は、MS-DOS VERSION 3.1 上で T-BASIC86 と GPIB driver を動作させる
(3) MSX2+ の場合は、データ処理のみなので、MSX-DOS2 VERSION2.0 上で MSX-BASIC VERSION 3.0 を動作させる
という具合でした。
基本的に、温度特性の測定は非常に時間がかかるものであったので、測定スケジュールとしては、夕方に測定スタートし、翌日朝までに修了するというようにプログラム全体を構成しました。
一方で、恒温槽以外のシステムを利用して、コンデンサ・誘電体材料のインピーダンス特性やバイアス電圧特性、耐電圧特性などは、比較的簡単に測定できるのですが、これらも自動でデータ取得できるように計測のシステムとプログラムを作成しました。
2. 対話型のBASICプログラムコード
BASIC言語は、対話型のインタープリターです。すなわち、質問に答える形で回答(パラメータ)を入力していき、確認してから実際の測定動作を開始します。
BASIC言語は、行番号がそれぞれの命令文の先頭についていますので、プログラムコードは基本的には番号順に実行されます。ですので、流れを追うことが比較的容易です。
■最初の設定画面の一例
file name (6 letters)? ← ファイル名をつける
electrode diameter(1)/area(2) ? ← 電極面積を計算する
area (cm2) ? ← 面積の数値をそのまま入れるか
diameter(mm) ? ← 円の直径を入れて計算させるか を選択する
sample name ? ← サンプルの名前を入れる
thickness(mm) ? ← サンプルの厚みを入れる
select reference temperature. ← 基準とする温度を選択する
(1)25'C(EIA,MIL) (2)20'C(JIS,EIAJ) ?
lower temperature limit ('C) ? ← 測定する下限の温度を設定する
upper temperature limit ('C) ? ← 測定する上限の温度を設定する
Are you ready(Y/N)? ← 上記の入力事項が問題なければ測定開始する
こんな感じで、パラメータを設定していきます。
なお、ファイル名の付け方ですが、当時のMS-DOSでは、8文字+拡張子3文字の制限がありました。
このうち、6文字分は測定したい人が自由に設定してもらい、残りの2文字+拡張子3文字はシステム制御に使いました。
3. 作成するファイルはシーケンシャルファイル
測定データは、測定の都度、ファイルに追記していく形であり、次のような構造にしました。
■測定データファイルの構造
サンプル名
電極面積
サンプル個数(N)
測定する温度のポイント数(NT)
サンプルの名前(1)
サンプルの厚み(1)
・・・
サンプルの名前(N)
サンプルの厚み(N)
基準温度
測定温度(1)
静電容量(1,1)
誘電損失(1,1)
・・・
測定温度(NT)
静電容量(N,NT)
誘電損失(N,NT)
いわゆるシーケンシャルファイルです。これらはFDD(フロッピーティスク)に書き込みするようにしました。(当時はハードディスクはまだ存在していませんでした。)
4. 実際のBASICプログラムコード
プログラムコードは基本的には番号順に実行されます。ですので、流れを追うことが比較的容易です。
そのため、ここではプログラムコードの詳細説明は省略いたします。
基本的には、メニューから該当するプログラムを呼出しして実行します。
次のようなものがありました。
・メニュープログラム
・測定プログラム(いろんな計測器の組み合わせあり)
・データ表印刷プログラム
・データ作図プリント(ハードコピー)プログラム
・データ作図プロットプログラム
・データ修正プログラム
・テータSYLK(Symbolic Link file)変換プログラム(当時の表計算ソフトMultiplanで読み込み可能な形式に)
5. 測定プログラムの動作
いくつか作成しましたが、代表的なものの動作は次のような項目になります。
(1) パラメータの設定
ファイル名、サンプル個数、サンプル名、電極面積、厚み、下限温度、上限温度、測定温度間隔、などを設定します。
(2) 最初の測定温度に状態を変更
温度を下限温度まで下げるように、恒温槽に指令を出して制御します。
(3) 最初の測定温度でのサンプルの静電容量、誘電損失の測定
温度が最初の測定温度である下限温度まで到達したら、温度ゆらぎが0.1度以内になるまで待って、設定温度、実際の温度、静電容量、誘電損失を測定します。プリンタに印字すると同時に、測定ファイルの末尾に書き込みます。
(4) 次の測定温度への状態を変更
次の測定温度である温度、通常は2.5度高い温度、に恒温槽に指令を出して制御します。
(5) 次の測定温度でのサンプルの静電容量、誘電損失の測定
温度が次の測定温度である温度まで到達したら、温度ゆらぎが0.1度以内になるまで待って、設定温度、実際の温度、静電容量、誘電損失を測定します。プリンタに印字すると同時に、測定ファイルの末尾に書き込みます。
(6) 温度制御と測定の繰り返し
上記の(4)と(5)の動作を、上限温度に達するまで繰り返します。ただし、恒温槽は-70℃から+150℃までの広い範囲を扱っているのですが、50℃を超える温度においては、恒温槽のコンプレッサを動作させないようにします。
(7) 測定修了
設定した上限温度でのサンプルの測定が終わったら、データを書き込み、プログラムを終了させます。
6. 作図プログラム、その他
作図に関しては、当初、プロッタをパソコンに接続して、セントロニクス仕様のインターフェースを自作し、プロッタで描画していました。ただし、プリンタとプロッタをつなぎかえる手間があり、また、プリンタに測定数値が印字されるので、同じプリンタに作図したいとの要望もあったので、ディスプレイ画面にグラフを作図表示して、ディスプレイのハードコピーをプリンタに印刷する、という方法も実施しました。
当時、表計算ソフトとしては、マルチプランMultiPlanというものがありました。これはSYLK形式(Symbolic Link file)のデータを読み込みできるものだったので、測定したデータをSYLK形式のファイルに変換するというようなものも作成しました。
測定データは、すべてFDD(フロッピーディスク)に保存していましたが、FDDも当初の5インチサイズから3.5インチサイズに時代とともに移り変わりがあり、5インチFDDを有するパソコン(PASOPIA)と別の3.5インチFDDを有するパソコン(J3100)との間で、RS-232Cというインターフェースを用いてデータ転送するプログラムも作成しました。
7. 温度特性測定から他の測定への応用展開
誘電体材料の温度特性は材料開発を行う上での主要な評価項目のひとつでしたが、これ以外にもあります。
キャパシタンスメータやLCRメータ、インピーダンスアナライザといった計測器をコンピュータ制御し、パソコンで自動測定することができれば、便利です。
これらの計測器は、GP-IBインターフェースで制御できるので、上記のプログラムコードを部分的に使用して、いくつかの応用プログラムを作成してみました。
・コンデンサ・誘電体材料の静電容量・誘電損失の温度特性をDCバイアス下で測定するプログラム
・コンデンサ・誘電体材料の静電容量・誘電損失を室温で連続測定するプログラム
・コンデンサ・誘電体材料の耐電圧の測定プログラム
・コンデンサ・誘電体材料の周波数特性の測定プログラム
これらについては、BASICプログラムコードの説明は省略しますが、特に、耐電圧の測定に関しては、充分な安全上の注意が必要だったことを申し添えておきます。
8. 終わりに
コンデンサとそれに使われる誘電体材料の温度特性をパソコン(当時は16ビット)と計測器、恒温槽等の環境機器を用いて自動測定するBASICプログラムコードの概要を紹介しました。
なお、実際のBASICプログラムコードについては、こちらをごらんください。
→ コンデンサとそれに使われる誘電体材料の温度特性測定プログラムの例
(2020-8-10) archives2020tccprog .