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カテゴリー:散策・旅行
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    2008/12/31

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    年の瀬も押し迫った29日、久しぶりに秋葉原の散策をした。その昔、二十年ほど前は秋葉原の電気街は家電がメインではあったが、アマチュア無線の装置や電子部品を売ってい ...

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    2008/10/26

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    夏の浅間山(新幹線あさまの車窓から)長野新幹線ができる前、東京方面から新潟県の上越方面にいくには特急列車でおよそ4時間半くらいかかったものである。それが長野オリ ...

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    2008/09/28

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    先日、八雲の地を徒歩で回ってみた。近くの大学での講演会のはじまる3時間ほど前なので、あまり時間をかけることはできなかったが。東京の渋谷から横浜に抜ける東横線の沿 ...

「ほたる」と道保川公園

相模原の西部、相模川の河岸段丘の崖にあたる部分に、道保川公園(どうほがわこうえん)という自然豊かな公園がある。そこでは、さまざまな植物、野草、草木や野鳥や虫たちが観察できる。

 

相模原は比較的平坦な台地であるが、この公園は台地の縁にあたる地域にある。大地からのわき水が、やがて小さな小川となって流れていき、池に注ぐ。このような様子をつぶさに観察できる場所である。

 

私も何度となく足を運んだ。わが家から近いこともある。散策にはとても良い。いまの季節には、桜をはじめ、大地にはすみれやたんぽぽの花が咲き、色鮮やかである。また、一歩入れば、森林浴もできる。

 


公園のほぼ中央にあるあづまやの付近を望む

 

わき水の付近は湿原になっていて、自然の散策路がつくられている。なかでも、「ほたる」が生育していることは、特筆すべきことである。

 

「ほたるの里」と命名されている双子沢のわき水

 

毎年、6月ごろには、「ほたる」が光りを放ち、飛び回る様子が見られるのである。ほたるは、きれいな水のある場所にしか育たないともいわれる。ここは、貴重な自然の宝庫である。

 

池には、鯉などが生息し、鴨がのどかに泳いでいる様子も見られる。

 

喧騒たる毎日から離れて、心身をリフレッシュさせるのも、必要だなと、最近は特に感じている。

 

ほたるをみていて、幼少の頃の記憶がおぼろげに思い出される。

 

当時はまだ、農作業にも農薬などは使っていない時代だった。自宅(古い農家づくりだった)の周辺に、ちょうど6月頃だっただろうか、夜になると蛍が光っているのがすぐ近くで見えた。

 

だが、田んぼに農薬(粉末)を散布する時代になり、さらにヘリコプターで農薬を空中散布する時代になってからは、まったく見ることがなくなった。ちょうど日本の高度成長時代と重なる。

 

再び、ほたるが話題になったのは、相模原に住むようになり、道保川公園のほたるの存在を知ってからであった。何十年かの時を経て、貴重な自然と再会したのであった。

 

山桜も楽しめる

 

(2009-4-5)

 

 

変わり行く秋葉原

年の瀬も押し迫った29日、久しぶりに秋葉原の散策をした。

 

その昔、二十年ほど前は秋葉原の電気街は家電がメインではあったが、アマチュア無線の装置や電子部品を売っている店がかなりあった。しかしながら、いまはバソコンとゲームと携帯電話が中心で、そこにメイド喫茶なるものが加わって、混沌とした状態になっているようにおもう。

 

 

年末のせいなのか、たまたまその日が最後の出勤日なのだったのが影響したのかどうか、わからないが、ひところのにぎわいはなく、あまり人の出が多くはなかったように感じたのであった。

 

いつもならば表通りにはうるさいくらいの携帯電話の売り込みがあったのだが、その日はほとんど聞こえなかったのも珍しい。

 

私の散策のコースはだいたい決まっている。見たいのは、掘り出しものなのである。旧式のPCやその周辺装置ですごく安いものがあると、自分の範疇にあるシステムと照らしあわせて、買いかどうか決める。このような散策は楽しいものである。

 

例え、買わないとしても、見て歩くだけでもいいのである。中古はリスクがあるが、それを承知で買う買わないを決める。まあ、これも楽しみのひとつと割りきって、たまにはいいかなと思っている。

 

 

昔と違ったもう一つの点は、大型家電店の進出と、つくばエクスプレスの開業で、電気街とは駅の反対側にあるエリアが拓けてきたことであろうか。また、たまには、時間をつくって散策してみたいところである。

 

(2008-12-31)

 

 

浅間山


夏の浅間山 (新幹線あさまの車窓から)

 

長野新幹線ができる前、東京方面から新潟県の上越方面にいくには特急列車でおよそ4時間半くらいかかったものである。それが長野オリンピック開業と同時に新幹線が長野まで開通し、東京長野間は三時間から一時間半ちょっとに短縮された。乗り継ぎの普通列車の時間を含めても3時間半くらいでいけるようになった。

 

車窓から見る景色は季節によって変化するが、ときどき、「ああ、この風景を写真に収められたらいいなあ」とおもうような場面がいくつかある。私の場合、そのひとつが浅間山なのである。

 

新幹線が開通する前は、信越線で横川軽井沢間は電気機関車を増結して山登りをしていた。登りきったところに軽井沢があり、そこから1-2駅、中軽井沢、信濃追分あたりの車窓から浅間山が良く見えたものである。ちょうど、上野駅から列車に乗って2時間くらいのところなのだが、信州の高原地帯を通過するときの景色なのである。列車で帰省するときに必ず通るルートなので、何回となく経験していたものだ。

 

新幹線ができてからは、信越線のこの区間は「しなの鉄道」という第三セクターに移管され、私のような単に通過する者にとっては新幹線を利用するしかなく、じっくり浅間山を見ている余裕はなくなり、あっという間に通り過ぎてしまう風景となった。

 

それでも、浅間山が見えると、故郷への道のりの半分は過ぎたなというマイルストンを確認するのである。

 


冬の浅間山 (新幹線あさまの車窓から)

 

(2008-10-26)

 

 

八雲が丘

先日、八雲の地を徒歩で回ってみた。近くの大学での講演会のはじまる3時間ほど前なので、あまり時間をかけることはできなかったが。

 

東京の渋谷から横浜に抜ける東横線の沿線に都立大学という駅がある。そこで下車し、徒歩で北側の丘をめざす。かつては、この丘に東京都立大学(都立大、すでに八王子へ移転し、都立大としては廃校)の校舎があった。学友歌にある八雲が丘のその地は、今は、都民のための団地・アパートと公園に変わってしまっていた。

 

この地を訪れるのは、本当に久しぶりだった。私は、30年ほど前はこの都立大の夜間受講生であった。昼間、働きながら、夜に学ぶという、あのスタイルである。

 

都立大学駅を降りて、丘をのぼっていくと、校門が見える。そのすぐ手前に、小さなラーメン屋があった。当時の学生の間では、xxxx亭として有名だった。私も何度か入った。とても美味しかったことを覚えている。しかし、このラーメン屋も、もう既になくなっていた。

 

校門の脇には大きな立て看板がいつも並んでいたようにおもう。授業は、1、2年のうちはあまり他の大学と変わらないとおもうが、3年以上の専門に進むと、受講生の数が減っていく。わずか3名の学生に1人の教授から授業をしていただいたこともあった。とても感謝している。

 

八雲が丘から、さらに徒歩で10分ほど西に向かうと、かつては都立大の理学部・工学部が入っていた深沢校舎があった。そこへも授業を受けに行ったことが記憶に残っている。しかし、その深沢校舎も、いまはなくなり、跡地には巨大なマンションが林立していた。

 

都立大は、石原都知事により首都大学東京の一部として改編された。そのカリキュラムにも、総合大学でありながら経済学部に相当する分野がないなど、新しい試み(?)をしたものとなっている。もっとも、それ以前に都立大自体が八雲校舎、深沢校舎ともに八王子へ移転してしまったので、いま、八雲・深沢に行ったとしても、昔の風景は道路脇の樹木にわずかながら跡が残る程度であろう。

 

東横線の都立大学駅から、八雲、深沢へと歩き、そこから自由が丘へ歩いて行く道のりは、かつての夜間受講生だった頃のおぼろげな記憶を少しでも呼び戻してくれたような気がする。

 

(2008-9-28)

 

 

最近の同窓会報によると、来年度から首都大学東京にも、経済学のコースが新設されるそうです。

 

(2008-12-4 追記)

 

 

ぶな林と「ふるさと」

先日の読売新聞(2008年9月13日)に、トレッキングルート「信越トレイル」が開通したという記事がでていた。

 

新潟県と長野県の県境にある関田山脈の稜線を、斑尾山から牧峠を経て天水山に抜ける全長80kmのコースだそうである。標高1000メートル前後の稜線づたいに、いくつもの峠を通過する。掲載された写真には、ぶな林の中を山歩きする人々の楽しそうな姿が紹介されていた。

 

ぶな林には、想い出がある。ちょうどこのコースの途中に、関田峠がある。その新潟県側では、冬にたいへんたくさんの雪が積もる。6メートルにも達することがあると聞いたことがある。

 

私がこどものころ、小学校の遠足でこの関田峠の近くのぶな林に行ったことがある。水源地が、林の中にあり、冷たい水が湧き出ている。指を入れるととても冷たい、こごえそうな感触をはっきりと覚えている。

 

そんなふるさとのぶな林を想いだしてしまった。

 

いま、関田峠を少し下ったところは、牧場として開拓され、光が原高原として知られている。「浅間山荘」事件を扱った映画のロケ地でもある。そこからは、日本海が、また天候にもよるが佐渡が見える。眺めは最高である。冬は雪のため、閉鎖されてしまうが、夏は多くの人々が訪れる。

 

ぶな林の中に、キャンプ場やロッジがあり、自然の豊かさを実感できるのだ。私もなかなかいけないが、ぜひ一度、見て足を運んでほしい場所である。

 

関田峠の付近より、光が原高原、遠く日本海を望む。近くにはぶなの木が見える。(このあたりも冬は雪に閉ざされる。)

 

(2008-9-23)