パンくずリスト
  • ホーム
  • 昼夜開講制
タグ:昼夜開講制
  • 八雲が丘

    2008/09/28

    散策・旅行

    先日、八雲の地を徒歩で回ってみた。近くの大学での講演会のはじまる3時間ほど前なので、あまり時間をかけることはできなかったが。東京の渋谷から横浜に抜ける東横線の沿 ...

  • 音楽
33年前の「世界民謡研究会」 Best 100

世界民謡研究会という名のサークルが、当時の都立大のB類(*)にあった。たしか、「せみんけん」とよばれていた。東京都立大学は、昼夜開講制(*)で、主として夜間の授業を受講する学生たちが、B類と呼ばれており、勤労と学問の傍ら、いくつかのサークル活動が行われていた。

 

最近、自宅の書類を整理していたら、当時の大学祭で配布された「28th メポタン祭 世界民謡研究会 Best 100」なるガリ版刷りの冊子が出てきた。見てみたら、懐かしい曲名がたくさんでていた。

 

そこで、ここに、タイトルのみ掲載しておく。

 

1 COUNTRY ROADS (ふるさとへ帰りたい)

2 バラはあこがれ

3 青い世界

4 帰らざる日のために

5 とびたとう

6 遠い世界に

7 青春

8 自由なる大地へ

9 友よ(by 岡林信康)

10 戦争を知らない子供たち

11 友よ(by いずみたく)

12 太陽がくれた季節

13 君の祖国を

14 今・今・今

15 ふれあい

16 世界は二人のために

17 何のために

18 若者たち

19 悲しくてやりきれない

20 戦争は知らない

21 青年は荒野をめざす

22 翼をください

23 The Cruel War Is Raging

24 旅人よ

25 蒼い星くず

26 君といつまでも

27 夜空を仰いで

28 白いサンゴ礁

29 君に会いたい

30 夕日が泣いている

31 いつまでもいつまでも

32 長い髪の少女

33 バラ色の雲

34 モナリザの微笑

35 エメラルドの伝説

36 僕の胸でおやすみ

37 なごり雪

38 アビーロードの街

39 この季節が変われば

40 あの人の手紙

41 妹

42 眼をとじて

43 僕にきかせて下さい

44 殺風景

45 無縁坂

46 サボテンの花

47 ルージュの伝言

48 縁切寺

49 この手のひらに愛を

50 結婚するって本当ですか

51 春うらら

52 君は悲しみの

53 雨だれ

54 20才のめぐり逢い

55 竹田の子守唄

56 さらば青春

57 いつのまにか少女は

58 揺れるまなざし

58 人生が二度あれば

59 家へお帰り

60 FUN

61 白い一日

62 春の風が吹いてたら

63 マークII

64 どうしてこんなに悲しいんだろう

65 ともだち

66 なのにあなたは京都へ行くの

67 あのすばらしい愛をもう一度

68 時代

69 真夜中のギター

70 ささやかなこの人生

71 あなただけを

72 霧雨の朝突然に

72 遠くで汽笛を聞きながら

73 目覚めた時には晴れていた

74 最後の一葉

75 さようなら

76 涙は明日に

77 今日も夢みる

78 私の子供たちへ

79 出発(たびだち)の歌

80 ふりむかないで

81 あなたのすべてを

82 星に祈りを

83 枯葉の街

84 想い出のGreen Grass

85 霧の摩周湖

86 北の宿から

87 AND I LOVE HER

88 山口さんちのツトム君

89 全世界民主青年歌

90 ベンセレーモス

91 インターナショナル

92 国際学連の歌

93 心はいつも夜明けだ

94 がんばろう

95 心さわぐ青春のうた

96 マイ・ウェイ

97 ここは故郷

98 今日の日はさようなら

99 青い空は

100 また逢う日まで

 

この冊子は、1976年10月31日 世界民謡研究会 発行 となっている。(番号が二カ所重複しているのは、オリジナルに忠実に記したためである。) いまでいうところのJPOPに相当するジャンルだろうか。当時のフォークソングをはじめ、懐かしい曲名がたくさんでてきた。若い世代の方々が当時の世相を知るひとつの資料になるかもしれない。

 

 

(注)

 

B類、および昼夜開講制については、「東京都立大学 履修の手引 昭和47年度」の中で、次のように説明されているので、その部分を引用させていただく。

 

「従来、東京都在住の勤労青年に充実した大学教育を行うため昼間ならびに夜間いずれも自由に受講できる昼夜通しの制度をとってきたが、開学以来8年の経験のもとにこれを検討した結果、昭和32年4月から第1部(昼間授業の課程)と第2部(夜間授業の課程)の2課程に分けるとともに昼夜にわたる受講の利点は失われることのないようにし、もって一層教育効果の徹底をはかった。

 

両課程においては教授も授業も変りはなく、一定の限度までは特定の授業を除いて、昼間または夜間の課程で履修できるようになっており、勤労者であると否とにかかわらず同等の学力を持つ卒業生を社会におくることを期している。

 

この特質が減殺されないようにするため、学内では第1部の学生をA類学生、第2部の学生をB類学生ということにしている。

 

ただ、修業年限が夜間課程は5年となっているが、これは昼夜同等の教育を行なうには必要なことである。

 

この制度においては、他大学と異なって、入学試験を第1部、第2部と区別せずに大学一本で行なっており、また両者同等の学力あるものとし卒業時にも差別を設けないようにしている。」

 

(2009-4-26)

 

 

八雲が丘

先日、八雲の地を徒歩で回ってみた。近くの大学での講演会のはじまる3時間ほど前なので、あまり時間をかけることはできなかったが。

 

東京の渋谷から横浜に抜ける東横線の沿線に都立大学という駅がある。そこで下車し、徒歩で北側の丘をめざす。かつては、この丘に東京都立大学(都立大、すでに八王子へ移転し、都立大としては廃校)の校舎があった。学友歌にある八雲が丘のその地は、今は、都民のための団地・アパートと公園に変わってしまっていた。

 

この地を訪れるのは、本当に久しぶりだった。私は、30年ほど前はこの都立大の夜間受講生であった。昼間、働きながら、夜に学ぶという、あのスタイルである。

 

都立大学駅を降りて、丘をのぼっていくと、校門が見える。そのすぐ手前に、小さなラーメン屋があった。当時の学生の間では、xxxx亭として有名だった。私も何度か入った。とても美味しかったことを覚えている。しかし、このラーメン屋も、もう既になくなっていた。

 

校門の脇には大きな立て看板がいつも並んでいたようにおもう。授業は、1、2年のうちはあまり他の大学と変わらないとおもうが、3年以上の専門に進むと、受講生の数が減っていく。わずか3名の学生に1人の教授から授業をしていただいたこともあった。とても感謝している。

 

八雲が丘から、さらに徒歩で10分ほど西に向かうと、かつては都立大の理学部・工学部が入っていた深沢校舎があった。そこへも授業を受けに行ったことが記憶に残っている。しかし、その深沢校舎も、いまはなくなり、跡地には巨大なマンションが林立していた。

 

都立大は、石原都知事により首都大学東京の一部として改編された。そのカリキュラムにも、総合大学でありながら経済学部に相当する分野がないなど、新しい試み(?)をしたものとなっている。もっとも、それ以前に都立大自体が八雲校舎、深沢校舎ともに八王子へ移転してしまったので、いま、八雲・深沢に行ったとしても、昔の風景は道路脇の樹木にわずかながら跡が残る程度であろう。

 

東横線の都立大学駅から、八雲、深沢へと歩き、そこから自由が丘へ歩いて行く道のりは、かつての夜間受講生だった頃のおぼろげな記憶を少しでも呼び戻してくれたような気がする。

 

(2008-9-28)

 

 

最近の同窓会報によると、来年度から首都大学東京にも、経済学のコースが新設されるそうです。

 

(2008-12-4 追記)