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「マドンナの宝石」間奏曲第二番

陽気な明るいテンポの良い曲だな、とおもっていたが、この曲を探しあてるまでに、ずいぶん時間がかかってしまった。

 

たしか、私が中学二年のときの話である。当時、中学校の授業と授業の間の休み時間や、昼休み、放課後などに、校内放送で音楽を流すしくみがあった。生徒の中からも何人かが放送委員会のメンバーに選出され、生徒会の組織として機能していた。私も一時、そのメンバーだった。

 

よくかけていた曲が「マドンナの宝石」というEPレコードのB面の曲だったのである。その曲は、学校の休憩時間のBGM(バックグラウンドミュージック)としては、最適だったようにおもう。

 

中学校を卒業してからは、そのことはすっかり忘れていた。ただ、「マドンナの宝石」という名前と曲の旋律だけは、自分の頭の片隅に記憶とて残っていたのであった。

 

最近になって、ふとしたきっかけで、この曲のことを想い出したのである。

 

最初に行なったのは、もちろん、インターネットでの検索だった。YouTubeで、「マドンナの宝石」と入力してでてくる曲を聴いてみたのだか、どうも中学校時代に聴いたものと違う、という感じがしていた。

 

たしかに、旋律は重厚な美しいものであるが、実際のところ、少なくとも「明るく陽気な」というものではなかったのである。

 

いろいろ調べていくうちに、「マドンナの宝石」とは、イタリアの作曲家がつくった歌劇(Opera)であって、その間奏曲が、一般に「マドンナの宝石」として知られているのだ、ということを知ったのである。

 

どうも間奏曲はふたつあるらしい。特に、よく知られているのが間奏曲第一番とよばれるもので、私がインターネットのYouTubeで聴いたのがそうらしい、とまでわかった。

 

だが、間奏曲第二番とは、どこにあるのだろうか。そして、それはどんな旋律なのだろうか。

 

と、ふたたび、インターネットで探して、ようやく、あるサイトに昔のSPレコードから採録した曲がモノラルの音源で掲載されているのを見つけた。

 

http://www.geocities.jp/matsumo22000/sound101/page99a4.htm

 

それをもとに、英文で再び検索した結果、また、YouTubeにも、英文タイトルで投稿されているものを見つけることができた。

 

◆ WOLF-FERRARI: Intermezzo No.2
https://www.youtube.com/watch?v=yw-8I3dE4hQ&feature=related

 

ようやく見つけた間奏曲第二番、それは、確かに、いままでもう一度聴きたいとおもっていた、あの中学校時代の名曲であった。

 

(2010-11-7)

 

(注)

「マドンナの宝石」(聖母の宝石, I gioielli della Madonna、Der Schmuck der Madonna、The Jewels of The Madonna)はエルマンノ・ヴォルフ=フェラーリ(Ermanno Wolf-Ferrari (1876-1948))が作曲した全3幕からなる歌劇(オペラ)であると、wikipediaにある。

 

1900年ごろのスペイン統治下のナポリでの、悲恋の物語だそうだ。ヴォルフ=フェラーリの多くのオペラ作品の中で、今日のでその名を残しているものは、悲劇「マドンナの宝石 I gioielli della Madonna」(1911年)からの間奏曲だといわれる。

 

いまでは、オペラ全曲が演奏されることはあまりないらしく、二つの間奏曲、特に第2幕前の間奏曲第一番が親しまれ、コンサートでも単独で演奏されているという。

 

この間奏曲第一番は、他のオペラの間奏曲なとどともに、CD化されているようであるが、一方、間奏曲第二番を収録したCDは、いまではもうないらしい。

 

米国のAmazonのサイトで、mp3のダウンロードサービスを見つけたが、残念ながら、米国内でないとサービスは不可とのことであった。

 

私の知る限り、ここに記した情報が唯一のものである。

 

◆ WOLF-FERRARI: Intermezzo No.2 from The Jewels of The Madonna

 

 

Fedoraで公衆無線LAN (Cartina UM)(その2)

最近、BBモバイルポイントの設置してあるはずのマクドナルドで、インターネットに接続するためにネットブックCartina UMを開くことが何回かあった。そして、そのうちの7割くらいは、なかなか接続できないことも経験した。せっかく、Yカメラで@wig-cardを入手したのに、残念というほかない。たしか、半年前くらいは、ちゃんと接続できたのにな、とおもいながら、そんなときは、PHSの携帯電話をさっさとUSBケーブルでCartina UMとつなぎ、ダイヤルアップ接続をして、メールを拾う、というようなことでなんとかしのいできた。

 

つながらない原因は、いったいなんだったのだろうか、といろいろ考えているうちに、周囲を見渡しておもいあたった。マクドナルドでは、ゲームをしている人たち、特に若者が異様に多い。手には、PSPやDSらしきものが見える。これらも無線LANのAPであるBBモバイルポイントを使用しているのではないか、と。

 

いままで、LinuxのFedora-11をOSにして使っていたCartina UMであるが、Network ManagerがAPを認識する、しないは、これらのPSPやDSの使用数・状態にかかっていたのだと気づいた。

 

以前に書いた記事で、Network Managerがなかなかリンクの確立ができなかったのは、APの電波の強度が弱いこともあるが、これらのPSPやDSも原因だったのでは、と思ったのである。

 

確かに、半年前は確実にネットブックCartina UM/Fedora-11でインターネット接続できたマクドナルドのお店が、いまは減少しつつあるのだ、と強く実感した次第であった。

 

同じ店内にもかかわらず、Fedora-11のNetwork設定の確認画面では、
BBモバイルポイント(●)の他にも別のAPがいくつか確認できる。

 

(2010-3-21)

 

Fedoraでダイヤルアップ接続 (Cartina UM)

久しぶりに、ダイヤルアップ接続に挑戦した。いや、Linux OSとしては初めてかなとおもう。まだ、ブロードバンドが普及しない時代に、PCのシリアルポートにモデムを接続し、電話回線を使ってインターネット接続したことはあるが、それ以来である。

 

今回は、ネットブックのPrime PC Cartina UMを使って、Fedora 11にて、また、モデムとしてはPHS携帯電話であるToshiba製の WX320Tを使用してインターネット接続した。

こうすることで、公衆無線LANが使用できない環境でも、無線電波を使ってインターネット接続できると考えたからであった。(WX320Tは、つなぎ放題で契約中のものを使用した。)

 

ここでは、おおよその手順と、途中でつまづいた問題点(最終的には解決したが)を紹介しようとおもう。

 

以下の手順を行う前に、無線LANのスイッチはOFFにしておく。([Fn]+[F2]で左下手前の4番めの青色のランプが消灯するはずである。)

 

Cartina UMには、USBポートが複数あるが、そのうちのひとつのポートとWX320TのUSB端子とを接続する。そして、lsusb、およびdmesgコマンドを実施してみる。

 

$ lsusb

---(省略)---

Bus 001 Device 004: ID 0bda:0156 Realtek Semiconductor Corp. Mass Stroage Device

Bus 001 Device 001: ID 1d6b:0002 Linux Foundation 2.0 root hub

Bus 005 Device 001: ID 1d6b:0001 Linux Foundation 1.1 root hub

Bus 003 Device 001: ID 1d6b:0001 Linux Foundation 1.1 root hub

Bus 002 Device 004: ID 0930:0d35 Toshiba Corp.

---(省略)---

 

のように、Toshiba製のデバイスが認識され、

 

$ dmesg

---(省略)---

usb 2-2: USB disconnect, address 2

usb 2-2: new full speed USB device using uhci_hcd and address 3

usb 2-2: New USB device found, idVendor=0930, idProduct=0d35

usb 2-2: New USB device strings: Mfr=0, Product=0, SerialNumber=0

usb 2-2: configuration #1 chosen from 1 choice

cdc_acm 2-2:1.0: ttyACM0: USB ACM device

---(省略)---

 

のように、このデバイスが「ttyACM0」という名称で識別されていることが確認できるはずである。

 

この確認ができたら、次に、[システム]-[管理]-[ネットワーク]のメニューで、「ネットワーク設定」のタブを選択する。[ハードウェア]-[新規]-[Modem]で、「モデム設定」の別ウィンドウが現れるので、[デバイス]は、「/dev/ttyACM0」を入力し、その他はデフォルトのままとする。

 

さらに、[デバイス]-[新規]を選び、プロバイダーの登録情報を入力する。そして、このときのプロバイダー名が例えば「abcde」だとする。

 

ここまで完了すると、「/etc/ppp/peers」のディレクトリに「abcde」というファイルが自動的にできているはずである。また、「/etc/sysconfig/network-scripts」のディレクトリに、「ifcfg-abcde」というファイルが、もうひとつ、「/etc/sysconfig/networking/devices」のディレクトリにも、「ifcfg-abcde」というファイル(同じもの)ができているとおもう。

 

ここまで設定できたら、本来は、[システム]-[管理]-[ネットワークデバイスの制御]のメニューを開いて、「デバイス ppp0」を選択して「起動」をクリックすれば、ダイヤルアップで接続できるはずであった。

 

ここでひとつ、問題が生じたのであった。上述の手順で行うのだが、モデムが動作しない。どうも、ATコマンドの一部をWX320Tが認識しないようであった。いろいろ調査してみて、次のファイルを少し修正しなければならないことが判明した。

 

それは、「wvdial.conf」というファイルで、上記の設定を行うと自動的に作成されるファイルなのだが、その中にある「Init3=」から始まる一行を削除する必要があったのである。

 

# cat /etc/wvdial.conf ( ← rootでの処理が必要になる)

[Modem0]

Modem = /dev/ttyACM0

Baud = 460800

SetVolume = 0

Dial Command = ATDT

Init1 = ATZ

Init3 = ATM0 ( ←---- この行を削除する )

FlowControl = NOFLOW

[Dialer abcde]

Username = xxxxx@xxxxx.net

Password = xxxxxxxxxx

Phone = 0570570xxx##61

Stupid Mode = 1

Init1 = ATZ

Inherits = Modem0

 

このうちの、「Init3 = ATM0」をviエディタなどで削除する。そして、[システム]-[管理]-[ネットワークデバイスの制御]のメニューを開いて、「デバイス ppp0」を選択して「起動」をクリックする。こうして、ようやく、ダイヤルアップで接続できたのであった。

 

久しぶりに、モデムの「ATコマンド」なるものを使用してみた。Windowsでは、デバイスドライバーをWX320Tに付属しているCD-ROMからインストールしたので、特にこのようなつまづきはなかった。他のLinuxディストリビューションではどうか不明だが、この記述がなんらかの参考になれば、と願っている。

 

最後にひとこと、やはり、ダイヤルアップのPHSモデム接続では、速度は遅いと感じる。

 

(2009-11-15)

 

 

上記の記事を書いた後で、Fedora 11を再インストールしました。ほぼ、同じ方法で、ダイヤルアップ接続できたのですが、一点、パッケージwvdialのインストールが必要でした。もし、途中でメッセージがでた場合は、

 

# yum install wvdial

 

で、できるとおもいます。

 

(2009-12-30)

 

Fedoraで公衆無線LAN (Cartina UM)

いわゆるネットブックのCartina UMを使って、Fedora 11で、自宅の無線LANに接続することができたことは、以前に書いた。

 

今回は、街中での使用を前提に、公衆無線LANに挑戦してみることにした。接続方法は、様々紹介されているようであるが、今回は、マクドナルドに設置されている「BBモバイルポイント」を使っての接続を試みた。

 

おおよその手順は、(1) IDの取得、(2)実際の接続、の2つである。

 

実際、調べてみると、いろいろな方法があることがわかった。IDの取得だが、クレジットカードのみの取扱いのところもあるし、プリペイドカードでできる場合もある。また、接続のプロバイダも、アクセスポイントの種類もたくさんある。費用もさまざま。ここで紹介するのは、私が経験した、あくまでもひとつの例として考えてほしい。

 

あらかじめ、Yカメラで販売されているwig-cardというプリペイドカードを入手しておく。これには、「有効化」および「ログイン」の時の情報が記載されている。

 

まず、携帯電話で「有効化」の手続きを行う。

 

次に、カードにある情報に基づいて、携帯電話で、BBモバイルポイントのESS-IDとWEPキーを調べ、控えておく。

 

そして、マクドナルドにて、PCのスイッチをONにし、Fedoraを立ち上げ、Network Managerにて無線LAN接続を有効にするという操作を行う。すると、いくつかの無線LANのアクセスポイントが表示される。その中の「BBモバイルポイント」に相当するところをチェックし、でてきた画面でESS-IDを確認し、WEPキーを入力する。そして、「接続」をクリックする。問題なければ、ここで自動的にリンクが確立する(つまり繋がる)はずである。

 

「BBモバイルポイント」が提供する無線LANのアクセスポイントに接続されたかどうかを調べるには、コマンドライン端末より、

 

$ su

# /sbin/iwconfig

 

と入力し、WEPキーに相当する部分が正しく表示されていることで確認できた。

 

そして、最後に、ブラウザ(Firefoxなど)を立ち上げ、適当なURLを入れると、まず、「BBモバイルポイント」のページに接続され、そこで、「ログイン」のIDとパスワードの入力を求められる。いずれも、wig-cardに記載してあるので、入力する。認証されれば、それ以後、インターネットや電子メールが使えるようになる。

 

ログアウトは、BBモバイルポイントのページを最小化しておいて、終了時にログアウトする。

 

さて、問題点をひとつ。

 

何回か、この手順を行なってみて、気がついたのだが、FedoraのNetwork Managerを公衆無線LANで使用するときには、あらかじめ設定をしておかない方が良いみたいである。その場で、探し当てた無線LANアクセスポイントに接続する際に、WEPキーを入力するのみでリンクが確立される。

 

しかし、私の経験では、あらかじめ必要な情報をNetworkManagerに設定しておいてしまうと、なぜか、その設定情報に基づくアクセスポイントが検出される前に、自動的にアクセスポイントを検出しようとするようで、競合する情報のため、いつまでたっても自動的に接続のリンクが確立されない状態になるようだ。そしてタイムアウトの状態で切断されてしまう。(*下記の2009-9-9 追記も)

 

自宅での無線LAN接続では、このようなことは起きなかったので、よくわからない部分なのだが、公衆無線LAN利用時は、気をつけたいとおもう。

 

ともあれ、一度、BBモバイルポイントにつながってしまうと、後は、自宅で行なっていると同じような速度で、インターネットができるようになったのである。

 

(2009-8-17)

 

 

この現象は、まだよくわかっていないが、電波の弱い場所で接続しようとして起きるのかもしれない。実際、同じ店舗内でも差があるようなので、機会をみてもう少し調べてみたい。

 

(2009-9-9 追記)

 

 

Fedora 11 のカーネルのアップデートがあり適用した。その後、上記の件について、マクドナルドでの公衆無線LANの接続を試してみた。

 

その結果、上述した「あらかじめ必要な情報をNetworkManagerに設定した場合に自動的に接続のリンクが確立されない状態になり切断される」という現象は回避できるようになった。

 

今度は、あらかじめアクセスポイントの情報を設定しておいてもだいじょうぶで、自動的に接続できるということが判明した。すると、これまで、うまく接続できなかったのは、なんだったのだろうか。

 

考えられるのは、電波の強度が弱かったか、アップデート前の以前のNetworkManagerに問題があったかであるが、どうも前者らしい。もう少し様子見である。

 

(2009-10-4 追記)

 

 

 

  • 音楽
60-70年代のJPOP?

いまさらだが、1960年から1970年代に流行した歌(JPOP ? )が妙に懐かしい。

 

最近、街角のちょっと大きめの本屋さんなどには、CDに収めた 20-30年前の歌謡曲やらポップスやらがワゴンに入れられて売られているのをよく目にする。ちょうど、我々の中学から高校時代のものなので、よけいに懐かしくなる。

以前はレコードなどで販売されていたものも、最近、リイッシュー(再編集)されてCDとして店頭に並ぶのであろう。

 

当時、音楽といえば、テレビやラジオの歌番組が主な情報源であった。農山村のことなので、レコード店も自宅とはかなり離れた町(市の中心部)に時間をかけて買いに(探しに)いかないと、なかった時代であった。

 

友人たちのなかにはカセットテープレコーダを持っている者もいた。ラジオやレコードから録音して聞いていたのだとおもう。また、当時の本屋さんにあった、歌謡曲を中心に編集されている雑誌に出ている歌詞や楽譜を見ながら、お気に入りの歌を覚えようとしたものであった。

そして、それらに似せて、自分自身で詞や曲を作り、譜面化したものであった。

 

もう、かなり前のことなので、記憶に定かでない部分もあるが、友人の結婚式に、友人の作詞、自分の作曲で作った歌を提供したこともあった。

 

当時の印象に残る歌としては、岸洋子の「希望」「夜明けのうた」、シューベルツの「風」、寺山修司・杉田二郎(ジローズだったか?)の「戦争を知らないこどもたち」などなど。

 

でも、これぞという曲に限って、店先にあるCDではなかなか見つからないものなのだが、探して見たい曲である。

 

 

考えて見れば、昔はレコード盤(EP、LP)、カセットテープに収められて販売されていた歌が、いまはCD、DVD、インターネットのダウンロードと大きく変遷している。レコードやカセットテープを使っていた世代においては、懐かしさは当たり前の感情なのかもしれない。

 

(2009-2-21)