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  • 妙高山、仙丈ヶ岳、高尾山

    2008/10/12

    体験

    秋も深まってきた。山歩きは心身共にリフレッシュさせてくれるので心地よい。登山といわれて思い出すのは妙高山、仙丈ヶ岳くらいだろうか。あまり経験はないのだが、少ない ...

  • 雪にまつわる想い出

    2008/09/15

    体験

    (昭和59年の大雪、新潟県妙高市にて)二月三日、関東地方には久しぶりに積雪があった。こちらで白い雪景色を見るのはめずらしくはないが、雪を見ると思い出すのが、田舎 ...

  • 小学校のこと

    2008/09/15

    体験

    私が6歳から12歳まで通った小学校がことし(2004年)の3月で閉鎖されることになったそうです。先日、閉校記念碑を建立するための寄付金のお願い文書が自宅に届きま ...

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妙高山、仙丈ヶ岳、高尾山

秋も深まってきた。山歩きは心身共にリフレッシュさせてくれるので心地よい。

 

登山といわれて思い出すのは妙高山、仙丈ヶ岳くらいだろうか。あまり経験はないのだが、少ない分印象に残っている。山頂からみる周囲の眺望はすばらしく、また、それをみたいがために、わざわざ山登りするのだ。

 

妙高山は、新潟県の南部にある2446メートルの休火山であるが、小学校6年の林間学校のときだったか、必ず登る山として記憶に残っている。燕温泉あたりに宿舎をとり、夜明け前に宿舎を出て、懐中電灯を頼りにクラスの一行は山頂を目指すのである。そのうちに夜が明けるので、山頂に着く頃にはすっかり明るくなっている。日の出を山頂で見られれば幸運だ。

 

遠い昔のことなので、あいまいな部分も多いが、この登山が、最初の経験であった。

 

 

就職して7-8年たった頃に、誘われて、南アルプスの仙丈ヶ岳へ登ったことがある。10月か11月の秋の日だった。長野県側から入り、二泊三日の日程で入山・下山を経験した。雨と霧の天候だったが、途中で晴れわたり、二日目に頂上に立てた。途中、きれいな高山植物に心を奪われ、植生の移り変わりを目の当たりにし、おおげさにいえば自然の偉大さを感じていた。

 

頂上からの眺めはまたすばらしい。仙丈ヶ岳は3000メートル級の山である。頂上付近には、しばらくとどまりたかったが、落雷などの危険もないとはいえないので、ある意味では怖かった。30分くらいで引き上げたように覚えている。

 

二日間の宿はいわゆる野宿、適当な空間を探して寝袋に入り寝るというもので、いままで私が経験した本格的な登山はこれが唯一である。

 

東京の北西部にある高尾山には、一度、日帰りで、息子と行ったことがある。こちらは、登山というよりは山歩き、もしくはハイキングといった感覚であったが、それでも山の中を歩くことには変わりなく、自然とのふれあい、を楽しみ、山頂からの眺めを楽しむには十分であった。

 

いつか、時間をつくってまた山登り、山歩きをしてみたいとおもっている。

 

(2008-10-12)

 

 

  • 体験
雪にまつわる想い出

(昭和59年の大雪、新潟県妙高市にて)

 

二月三日、関東地方には久しぶりに積雪があった。こちらで白い雪景色を見るのはめずらしくはないが、雪を見ると思い出すのが、田舎にすんでいた幼少期から小学生くらいの頃に経験した大雪である。

 

雪は一晩で七十から百二十センチメートルは積もった。朝起きてみると玄関先が既に雪でふさがれていたことをよく覚えている。当時は、家の前の道路も舗装されていなくて、集落から集落の間は人が通れるように、朝早くからかんじきを履いて道付けを交替で行なっていたものだ。そうしないと、道が確保できないし、小学校へも通えなくなってしまう。

 

何年か経ち、やがて道路が舗装され雪が積もってもブルドーザーで雪かきをしてもらえるようになった。ところが、ブルドーザーの通った後は、キャタビラの跡がすべりやすく、何度も転倒しそうになったものである。そればかりか、雪の壁が家の玄関前にできるので、雪かきをし、背丈以上もある高い雪の壁をくり抜き、通路を確保する必要があった。

 

そういえば屋根の雪降ろしも一冬に六回は行なったものだ。屋根の上には百五十センチメートルくらいの高さで雪が積もっている。それをスコ(スコップ、シャベル)で下に落とす(放り投げる)のである。屋根の雪の上層部はやわらかで軽いが、下はザラメ雪(シャーベット状)でとても重い。それをすくって投げ飛ばすのだから、一日もすれば重労働であった。さらに家の周りに落とした雪は、窓を塞ぎ、家の中を暗くしてしまう。

 

また、不均一に雪に囲まれていると、家そのものがゆがみ、倒壊する危険もあった。なので、落とした雪を平らに均して家の明かりを採り、家の外回りをしっかりと踏み固めるという作業を必要とした。

 

雪を見ると昔を想いだす。寒さはどこも同じ。手がかじかむ感覚は、スキーを担いで登下校した小中学校の頃にいやというほど味わっている。なので、いま関東地方に住んでいて、多少の雪が降っても、寒くても、当時の辛さを思い出せばなんのことはない。

雪にまつわる想い出のひとつである。

 

(2008-2-24)

 

 

  • 体験
小学校のこと

私が6歳から12歳まで通った小学校がことし(2004年)の3月で閉鎖されることになったそうです。先日、閉校記念碑を建立するための寄付金のお願い文書が自宅に届きました。

 

十数年前から複式学級になっていることは知っていましたが、時代の移り変わりを感じます。

 

いまの児童数は17名で、廃校後は一番近い小学校に通学することになるそうです。私が子供の頃、自宅から小学校まで子供の足でおよそ30分くらいかかって通学していました。今度はもっとかかるとおもうのですが、いまの時代てすからおそらくバスなどで通学するようになるのだとおもいます。

 

小学校には思い出がたくさんあります。最近ではめったにできない学校行事として、たけのこ狩り、スキー遠足、スキー大会がありました。

 

 

たけのこ狩りは5月ごろ、山の中へ調理用具一式とご飯、必要なたまごやジャガイモなどを持ち込み、まず午前中はたけのこを取りに山の中にはいっていきます。児童と引率の先生や父兄の人数に十分な量のたけのこ(山竹ですので細く小柄)が採れたら、その皮むきをし、味噌汁をつくります。その場で昼食にたけのこ汁をいただき、かたづけて帰ってくるといった具合です。

 

大きななべをもっていく子、まな板を持っていく子、飯盒を持っていく子、など、分担して一日を過ごしました。

 

スキー大会は、小学校のすぐ裏山で、行います。運動会のようなものです。

 

スキー遠足は、先生がひとクラス(約45人)の児童を引率して、山から山へみんなで移動します。全員がスキーを履いて、先生に着いていくわけです。およそ10キロメートルくらいを一日でまわります。また、そのときにプロの猟師をふたりくらい雇って、うさぎ狩りをします。

 

うさぎの足跡は非常に特徴的で雪の上にくっきりとついていますので、どのあたりにウサギがひそんでいるかすぐわかります。猟師が仕掛けたわなをチェックしたり、姿を見つけると鉄砲で打ってつかまえます。つかまえたうさぎを、小学校に持ち帰り、調理しウサギ汁にしてみんなで食べたこともありました。当時は食肉が不足していましたので、こういったものは貴重なカロリー源として、山の人たちに重用されていたのでしょう。

 

もちろん、現在では、食肉はいろんな流通ルートではいってきますから、当時のウサギ狩りのようなことはおそらく小学校でも行ってはいないとおもいます。

 

私が小学校のころに体験したなつかしい貴重な思い出です。

 

(2004-2-21)