タグ:東京の記事一覧

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  • 2008/10/26

    散策・旅行

    夏の浅間山(新幹線あさまの車窓から)長野新幹線ができる前、東京方面から新潟県の上越方面にいくには特急列車でおよそ4時間半くらいかかったものである。それが長野オリ...

  • 2008/10/12

    体験

    秋も深まってきた。山歩きは心身共にリフレッシュさせてくれるので心地よい。登山といわれて思い出すのは妙高山、仙丈ヶ岳くらいだろうか。あまり経験はないのだが、少ない...

  • 2008/09/15

    日記

    このところ、田舎に帰省するのはほぼ一年に一回、夏のお盆の前後にお墓参りにいくくらいであり、なかなかいけなかった。高校卒業後、関東地方で生活の居を構え、暮らしてい...

浅間山
浅間山


夏の浅間山 (新幹線あさまの車窓から)

 

長野新幹線ができる前、東京方面から新潟県の上越方面にいくには特急列車でおよそ4時間半くらいかかったものである。それが長野オリンピック開業と同時に新幹線が長野まで開通し、東京長野間は三時間から一時間半ちょっとに短縮された。乗り継ぎの普通列車の時間を含めても3時間半くらいでいけるようになった。

 

車窓から見る景色は季節によって変化するが、ときどき、「ああ、この風景を写真に収められたらいいなあ」とおもうような場面がいくつかある。私の場合、そのひとつが浅間山なのである。

 

新幹線が開通する前は、信越線で横川軽井沢間は電気機関車を増結して山登りをしていた。登りきったところに軽井沢があり、そこから1-2駅、中軽井沢、信濃追分あたりの車窓から浅間山が良く見えたものである。ちょうど、上野駅から列車に乗って2時間くらいのところなのだが、信州の高原地帯を通過するときの景色なのである。列車で帰省するときに必ず通るルートなので、何回となく経験していたものだ。

 

新幹線ができてからは、信越線のこの区間は「しなの鉄道」という第三セクターに移管され、私のような単に通過する者にとっては新幹線を利用するしかなく、じっくり浅間山を見ている余裕はなくなり、あっという間に通り過ぎてしまう風景となった。

 

それでも、浅間山が見えると、故郷への道のりの半分は過ぎたなというマイルストンを確認するのである。

 


冬の浅間山 (新幹線あさまの車窓から)

 

(2008-10-26)

 

妙高山、仙丈ヶ岳、高尾山
  • 投稿 2008/10/12
  • 体験
妙高山、仙丈ヶ岳、高尾山

秋も深まってきた。山歩きは心身共にリフレッシュさせてくれるので心地よい。

 

登山といわれて思い出すのは妙高山、仙丈ヶ岳くらいだろうか。あまり経験はないのだが、少ない分印象に残っている。山頂からみる周囲の眺望はすばらしく、また、それをみたいがために、わざわざ山登りするのだ。

 

妙高山は、新潟県の南部にある2446メートルの休火山であるが、小学校6年の林間学校のときだったか、必ず登る山として記憶に残っている。燕温泉あたりに宿舎をとり、夜明け前に宿舎を出て、懐中電灯を頼りにクラスの一行は山頂を目指すのである。そのうちに夜が明けるので、山頂に着く頃にはすっかり明るくなっている。日の出を山頂で見られれば幸運だ。

 

遠い昔のことなので、あいまいな部分も多いが、この登山が、最初の経験であった。

 

 

就職して7-8年たった頃に、誘われて、南アルプスの仙丈ヶ岳へ登ったことがある。10月か11月の秋の日だった。長野県側から入り、二泊三日の日程で入山・下山を経験した。雨と霧の天候だったが、途中で晴れわたり、二日目に頂上に立てた。途中、きれいな高山植物に心を奪われ、植生の移り変わりを目の当たりにし、おおげさにいえば自然の偉大さを感じていた。

 

頂上からの眺めはまたすばらしい。仙丈ヶ岳は3000メートル級の山である。頂上付近には、しばらくとどまりたかったが、落雷などの危険もないとはいえないので、ある意味では怖かった。30分くらいで引き上げたように覚えている。

 

二日間の宿はいわゆる野宿、適当な空間を探して寝袋に入り寝るというもので、いままで私が経験した本格的な登山はこれが唯一である。

 

東京の北西部にある高尾山には、一度、日帰りで、息子と行ったことがある。こちらは、登山というよりは山歩き、もしくはハイキングといった感覚であったが、それでも山の中を歩くことには変わりなく、自然とのふれあい、を楽しみ、山頂からの眺めを楽しむには十分であった。

 

いつか、時間をつくってまた山登り、山歩きをしてみたいとおもっている。

 

(2008-10-12)

 

帰 省
  • 投稿 2008/09/15
  • 日記
帰 省

このところ、田舎に帰省するのはほぼ一年に一回、夏のお盆の前後にお墓参りにいくくらいであり、なかなかいけなかった。高校卒業後、関東地方で生活の居を構え、暮らしていると、なかなか動けないものである。(いままで、仕事が多忙だったからでもある。と言い訳していた。)

 

ところで、帰省した折に必ず立ち寄るのが親戚の家だが、そこでは地域のいろんな話が話題として上がる。その中でも、集落の人口減、老人所帯の増加にどうしても話がいってしまう。

 

私の出身の集落では、私が小学校の時代には四十数戸あった所帯も、いまでは十七戸と聞く。集落の半数以上が減少している。また、四十歳代以下の若者のいる所帯はわずか四戸だとのこと。十七戸と少ない集落ではあるが、それにしてもここまで少ないとは。農山村の過疎化の現実がここにある。自省も込めてだが、かくいう我が家も減少した内に数えられるのだ。いま、宅地、墓地は別としても、農地が荒廃している。誰も手を出せない。まして、地すべり地帯の農地(田畑)であるので、境界すらわかりにくくなっている。いつかきちんと整理しなければいけない、そう思いながらなかなか手をつけられないでいる。地域活性化とよく言われるが、いったいどうしたらいいのか、具体的な計画と行動がよく見えないのだ。

 

 

ときたま、国会図書館に行く機会がある。時間のあるときに、「郷土誌」を借り出して眺めている。そこには、私が知らなかったふるさとの自然・地理・地勢・歴史が記されている。資料編には、私の祖父や曽祖父の名前も載っているのだ。

 

しかし、三十数年前と違い、交通機関も発達し、時間的にも距離的にも近くなってきたように感じる。

いま、北陸新幹線の工事中と聞く。これが完成すれば、東京から二時間あまりで上越に行ける。なので、もっともっと距離は縮まり、できることも増えてくるのではないかと、ひそかに期待している。

 

(2008-2-24)